<<=別格20ヶ霊場
別格:<<別格06番札所□別格08番札所=>>
札所:<<=43番札所 44番札所=>>
金山 出石寺
きんざん しゅっせきじ
kinnzann syussekiji
愛媛県大洲市豊茂乙1 (Google Mapsへ)
0893-57-0011
本 尊 千手観世音菩薩
開 山 道教法師
宗 派 真言宗御室派
納経所:駐車場より5分
略縁起( 四国別格霊場会公式サイト資料参照)
開創は養老二年(718年)六月十七日である。宇和郷田中庄に住する猟師作右衛門が、狩りに出て一匹の鹿を見つけ、そのあとを追うて山に登り、まさに鹿を射殺そうとしたところ、突然全山振動して光明赫赫と輝き、鹿の姿はかき消え、鹿の立っていた足下の岩が真二つに割れ、千手観音菩薩・地蔵菩薩の像が地中から湧き出して金色の光を放った。
この奇瑞を目撃してから、作右衛門は殺生を業とする生活をやめ仏道に入り、自ら道教を名乗りこの仏像を本尊とし、出石寺と命名した。
大師巡錫の砌、「三国無双の金山」なりと賛嘆され、後世この仏像が粗末に扱われ冥罰を蒙ってはならぬと、石室に密閉して秘仏とされ、護摩供を修法されたと言う。
更新日:2019/03/31
ルート概要は
<札所間情報>
距離:別格07番札所金山出石寺高山・阿蔵ルートの遍路距離
■大洲市役所付近より往復:約25㎞
難易度:遍路道で一番大変
ルート数:3ルート
・ルート1■■高山阿蔵ルート(伊予大洲-西大洲-金山出石往復)
■道しるべ有。整備良好(ときわ旅館推奨)
■■■■車道ルートの阿蔵取り付け部分
■■殆ど利用されておらず整備不良のため避けたほうがよい
・ルート2■■伊予平野から地蔵越ルート(上級コース)
■道しるべ少ない。整備状況あまりよくない。下りは迷いやすい
・ルート3■■伊予平野から瀬田ルート
■道しるべ少ない。未整備。避けたほうがよい
最寄の札所:43番札所明石寺&44番札所大興寺
美味しい情報:-
遍路宿情報:「ときわ旅館」で情報収集
おへんろ道:-
オススメ情報:-
大洲市役所付近より別格07番札所金山出石寺へ
本区間のポイント
「ときわ旅館」で情報収集を!?!
歩き遍路道で一番厄介なのは、何処?と聞かれたら。別格07番札所金山出石寺ルート?!?。二番目は別格20番大瀧寺。三番目は別格13番札所仙龍寺。すべて別格札所だ!!!。その理由は、別格の始まりは昭和43年(1967年)からであり歴史が浅く道しるべが少ない。巡礼者が少なく遍路道の整備が行き届いていない等々。
このルートは、過去、遭難騒動も発生しているそうだ。
私は別格07番札所金山出石寺へ3回お遍路。道に迷い悪戦苦闘の連続であった。
・1回目(2013年)は瀬田ルートから。道しるべが少なく遍路道■も整備されていないため道に迷い悪戦苦闘。
・2回目(2016年)は車で一回目のルート周辺を車で調査。保守■林道等が交差し複雑。
・今回(2017.9.9)は地蔵越ルートに挑戦。地蔵越ルートも道し■るべが少なく藪道が多く整備が行き届いていない。登りは道し■るべ頼りに何とか尾根道に辿りついたが、下りは道しるべが見■えず登りの記憶を頼りに何とか登り口に辿りついた。
・車道ルートは2017年9月10日、車でJR大洲西駅から車で逆走。■一部ショートカットルートもある車道のへんろ道。道しるべも■しっかりしていた。
今回(2017.9.10)、別格07札所金山出石寺遍路後、「ときわ旅館」を訪問。
店主藤江さんの説明では、推奨ルートは「高山阿蔵ルート」。二番目は「登りは地蔵越ルート、下りは高山阿蔵ルート」。瀬田ルートは遍路道が整備できていないためお勧め出来ないとのこと。私も同感である。
情報収集は「ときわ旅館」で
■店主 藤江 修(0893-24-3634)
■〒795-0054 愛媛県大洲市中村629
藤江さんは「別格07番札所金山出石寺ルート」整備の手伝い・調査し現状を把握し、ルート概要図を作成している。また、写真で重要ポイントを説明してくれる。「別格07番札所金山出石寺」をお遍路する時は、「ときわ旅館」をベースにお遍路することをお勧めする。
追伸:別格07番札所金山出石寺への遍路道情報を得たい「野宿遍路さん、ときわ旅館に宿泊しないお遍路さん」へ。店主藤江さんから遠慮なく問い合わせくださいとのことでした。
高山・阿蔵ルート説明は(その2)で。ここをクリック。
地蔵越ルート説明は(その3)で。ここをクリック。
別格07番札所金山出石寺は出石山(標高812m)の頂に。納経所は仁王門を潜り右側の建物に。宿坊有り。
最後の階段を登ると仁王門
境内は
見どころは、
・境内から宇和海、四国の霊峰石鎚山の展望
・国指定重要文化財の銅鐘。朝鮮鐘とも呼ばれる。高麗王朝(918年 – 1392年)の時代に朝鮮半島で鋳造された。伝承では朝鮮出兵の際に藤堂高虎が持ち帰り、この寺に寄進したと言われている。総高89.0cm、口径55.7cm。