3月16日 ブラタモリで「お遍路さん」も 放送!!!

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ブログUP:2019/02/25

1月某日?、ポン友が車でX回目の四国遍路に挑戦。その時「一番札所霊山寺で『ブラタモリ』の取材していたよ!」との情報が。
放送予定 | ブラタモリ – NHKを調べてみると
3月‘’’9日 #128阿波踊り ~阿波踊りはなぜ生まれた?~
3月16日 #129鳴門   ~鳴門が四国の玄関口になるとは?
◇ ◇   ◇    ◇◇ ’’お遍路さんもピックアップ!!!
◇          ‘’◇  興味のある人は見てね!!!
NHK HPを複写。その内容は

#129 鳴門  ~鳴門が四国の玄関口になるとは?~
舞台は「渦潮」であまりにも有名な徳島県・鳴門市。兵庫県の淡路島と鳴門海峡をはさんで差し向かい。「大鳴門橋」までつくられた四国の玄関口です。
でもここ、実は橋ができるずーっと前から、四国に来る旅人の多くが足を踏み入れた場所。激しく危険な渦潮があるのに、なぜそんな重要な場所に?そこには鳴門海峡の横にあるもうひとつの「細長い海峡」と、四国の内部まで続く街道があったから。そのいずれもが、全国レベルのダイナミックな大地の動きによって生まれたものだったって、どういうこと!?しかもそれは、「渦潮」さえも生み出した!?次々に明かされる衝撃の事実にタモリさん大興奮!
 鳴門が玄関口になったおかげで、四国には大勢の旅人が。彼らの名は「お遍路さん」。実はここ鳴門、四国八十八ヶ所の最初の霊場(札所)がある場所。タモリさんも遍路衣装を身にまとい、心静かに実地体験。「お遍路をしたい心境になってきた」…タモリさんがつい漏らした本音とは?
お遍路が鳴門にもたらしたもののひとつが、「焼き物」。その意外な使用目的とは?そして、斬新すぎる製作方法とは?
お遍路をもてなす「お接待」という文化が根付いた鳴門。人々にもてなされた中には、お遍路さんだけでなく、なんと外国人も?およそ100年前、鳴門を舞台に行われた、心温まる交流秘話とは?そして、日本で最初に演奏された「あの名曲」とは!?
#128 阿波踊り ~阿波踊りはなぜ生まれた?~
今回でブラタモリ、47都道府県制覇!舞台は徳島、挑むのは名物「阿波踊り」の謎!
120万もの人でにぎわう徳島の夏の風物詩・阿波踊り。路上を派手な衣装で行列し、道行く人をそのパフォーマンスで魅了。「エライヤッチャエライヤッチャ」「踊る阿呆に見る阿呆」のフレーズであまりにも有名な、日本を代表する盆踊りです。間近に阿波踊りを見たタモリさんも興奮!
でも、いったいどうしてこんなにユニークな踊りが生まれたのか?なんとその秘密は、暴れ川・吉野川の河口の島々の上に作られた城下町・徳島の構造にありました。
あまりにも狭い城下町に住まわされた町人たち。でも、どうしても踊りたい!そこで生まれた智恵と工夫とは!?川船に乗り、路地を歩き、タモリさんが謎に迫ります。
派手な衣装でとかくお金のかかる阿波踊り。しかし江戸時代の徳島には、それを経済的に支えた「お金持ち」がいたんです。いったい何でそんなに儲かった?
実は吉野川をうまく利用した「ある商品」がそこにあったんです。江戸時代に建てられた豪邸、なぜか角がするどく尖った石垣…その理由にタモリさんも感心!
この「お金持ち」が阿波踊りに残した功績は、金銭だけではありません。阿波踊りの「音楽」にまで多大な影響を!?陽気なメロディー、「踊る阿呆に見る阿呆」…お座敷芸が実を結んだ、意外すぎるそのルーツとは!?
阿波踊りの現在の振り付けを考案した「レジェンド」も特別出演!阿波踊り誕生の秘密がいま、白日のもとに!

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「3月16日 ブラタモリで「お遍路さん」も 放送!!!」への2件のフィードバック

  1. ご無沙汰です
    北島です
    マラソンが続いてお休みしてましたが
    来週から伺います
    またよろしくおねがいいたします

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